先日は交換講壇ということで、瑞穂教会の礼拝に出席させていただきましたが、末期のがんで自宅療養されておられるT兄とそのご家族皆様ともご一緒に、礼拝をささげることがゆるされました。T兄はこの何週間で急激に体調が悪くなられ、先日の礼拝では途中から会堂の長椅子に横になって、しかし、それでも礼拝が終るまで会堂におられました。あの日の礼拝も、それは普段の何気ない日曜日の礼拝に過ぎないのかも知れません。けれども、T兄のことを思いますと、本当にはそうではなく何と貴重で何と重い1回の礼拝であったのか、その掛け替えの無さを改めて思わされました。しかし、この「時」の重みは、それは本当には誰にとっても重く大切なものであるはずなのですが、私たちはその重さに気づかないままに多くの時間を過ごしてしまうような気がいたします。イエスさまは、流れる量としての「時」(クロノス)に引きずられて、決定的で掛け替えの無い「時」(カイロス)を見失うなと言われます。今朝、私たちは言ってみれば「神の国」の先取りとも言われる「教会」に集められて礼拝をささげています。ヨハネの指し示す、まことの「光」であるイエスさまとの掛け替えの無い出会いの「時」として、この礼拝を共にすることができればと思います。
さて、そのヨハネ福音書ですが、今日の箇所には2種類の動物が出て参りました。まず「はと」ですが、これは神の霊、聖霊を表しています。ヨハネ1章32節「ヨハネはまたあかしをして言った、『わたしは、御霊がはとのように天から下って、彼の上にとどまるのを見た』」。イエスさまがバプテスマのヨハネからバプテスマ(洗礼)を受けられたとき、「はと」のような聖霊が下ってきたと言われます。「はとのように」というこの不思議な表現によって、聖書は私たちに何を伝えようとしているのでしょうか。その一つの説明として、『創世記』にあります「天地創造」の物語が挙げられます。「天地創造」の物語は、一説によればバビロンに古くからあった「創造神話」への対決と抵抗を背景に生まれたものとも言われます。世界が聖書の神さまでなく、当時世界を支配したバビロンの偶像の神の支配に覆われたかのように罪に染まり、洪水という大きな波にこの世界が混乱するとき、神さまの希望のしるしとも言うべきオリーブの葉をくわえた「はと」がノアのもとに飛んでくる。それは、もう一度新しく造り直される世界に向けて「はと」がノアの所に、そして、バプテスマ(洗礼)を受けたイエスさまの所に、神の霊が「はとのように」やってきたことを意味しているというのです。
では、イエスさまがバプテスマを受けられた当時、それはどういう意味を持っていたのでしょうか。バプテスマのヨハネは、当時の世界もまたバビロンと同じく、罪に染まった悔い改めの必要な世界と見ていました。マタイやルカ福音書を読むとき、禁欲的で己に厳しく人生を誠実に生きようとした優れた宗教的リーダーとでも言うべきヨハネ像を描くこともできるでしょう。彼は世の中を厳しく見つめ、人々に悔い改めを求めました。それは大きな働きではありましたが、それだけでは世界を救うことにはなりませんでした。しかし、今朝のこの箇所で大事なことですが、そしてヨハネ福音書のバプテスマのヨハネ像に特徴的なことですが、29節「その翌日、ヨハネはイエスが自分の方にこられるのを見て言った『見よ、世の罪を取り除く神の小羊』」。「見よ」、という言葉です。見なさい、世の罪を取り除いてくださるイエスを、とヨハネは言うのです。ヨハネ1章の29節から1章の終わりまでは、特に「証しの書」とも呼ばれています。それは、ヨハネの「証し」を聞いた人々が、イエスさまの後をついていき、その「見なさい」との言葉によって人々がイエスさまとの出会いの時を与えられていくという物語です。偉大といえども、人間ヨハネには限りがある。しかし「見なさい」と、自分の役割を後から来るイエスさまとの関係で繰り返し位置づけていく中で、その人間の限界をイエスさまが越えてくださり、新しい希望と秩序をこの世界に創造してくださるのです。
では、具体的にどのような世界が造られるのでしょうか。それが宣教題でもありますが、罪と死から解放された世界です。29節にはもう一つの動物「小羊」が出て参ります。言ってみれば、その新しい世界とは「神の小羊」の世界です。聖書で「小羊」と言いますと、それは犠牲の小羊のことを意味します。旧約聖書の『出エジプト記』には、「過越」と呼ばれる出来事について書いてあります。それは昔、ユダヤ人がエジプトで奴隷だったとき、神さまがモーセをリーダーとして民を導き解放された晩の出来事です。小羊を犠牲にして、家の門にその小羊の血を塗ることによって、その家のういごの死を免れました。しかし、小羊の犠牲の血がないエジプト人の家のういごは亡くなり、大混乱となったエジプトの国をユダヤ人は逃げ出すことができたのです。その「小羊」にイエスさまがなってくださった。実際に、十字架で血を流し、子どもの死ではなく永遠の死から、また、エジプトの奴隷からではなく罪の奴隷から、永遠に私たちを解放してくださったのです。
イエス・キリストの十字架で流された血による贖い、そして、その赦しの大きさと限りない恵みを覚えたいと思います。不完全でまったく足りない罪な私たち人間の歩みを越えて、新しい世界を創造してくださるイエスさま、「世の罪を取り除く神の小羊」の犠牲によって私たちをさえ神の国の働きに加えてくださるのです。確かに、私たちのできることはほんの小さなことです。また、私たちは「死」ということに限界づけられた、ある限られた存在でしかありません。しかし、私たちは「人間」なのですから、当然、永遠でも完全でもないのです。問題は、十分にできないと言って、限られているからと言って、何もかも諦め無駄だと言って放り出すのか。それとも不完全なままで、赦されて、できることを今日一歩踏み出していくのか。そのどちらかでしょう。
最後に、最近の新聞の記事から知った物語ですが「現代ホスピスの母」とも言われるシシリー・ソンダースという方のお話しをご紹介して終わりたいと思います。ソンダースは、オックスホード大学で哲学を学んでいたとき第2次世界大戦が起こりました。彼女は生涯の仕事にと看護師を志しましたが、腰を痛めてソーシャルワーカーになりました。最初に担当したがん末期の患者デービット・タスマと出会い、2人は恋に落ちました。デービットはナチスの迫害を逃れてきたポーランド系ユダヤ人で、ソンダースと出会ったときにはすでに余命2ヶ月ほどでした。デービットと語らう中でソンダースは、彼のからだの痛み、心の痛み、人生を悔いる痛みを取ることが、今、最も大切であることに気づいていきました。デービットは言いました「あなたの頭と心にあるものを一つにしてホスピスをつくって欲しい」。そして、全財産の500ポンドをソンダースに預け、「僕は、君がつくる家の窓になろう」との言葉を遺したそうです。それから19年、医者となったソンダースは、死にゆく人のケアをする医師として聖クリストファーホスピスを創立し、ここが源流となって世界にホスピスが広がっていきました。
ソンダースは、生涯に3人の男性を愛しました。デービットの死から12年、次に出会ったアントーニも末期がんの患者でした。別れまでわずか3週間しかありませんでした。悲しみは深く、自殺まで考えました。身を裂かれるようなせつなさの中で「数週間と言えども、人生を生ききる。大切なのは時間の深さであって、長さではない。最期の日々が豊かなものになれば、死は安らかになり、遺族も悲嘆から立ち直って新たに踏み出せるようになる」との思いに至りました。そして、3人目のマリアンと結婚したのはソンダース61歳のとき、病弱な夫を10年間、自宅で介護し、聖クリストファーホスピスで看取りました。その彼女も2005年7月に87歳で亡くなりました。晩年、彼女はこう語っています。「人は、いのちの終わりを迎える前に、たくさんの『死』を経験します。失恋、夢の挫折、愛する人との別れ・・・、その一つ一つの喪失をしっかり乗り越えること。自分を貫くことです」。聖クリストファーホスピスには、ソンダースがはじめて愛したデービットとの約束、「デービットの窓」があるそうです。すべては、あの2人の魂の出会いからはじまった物語でした。
人間は不完全で限りある存在です。明日のいのちのことは誰もわからない。しかし、だからと言って、今日を何もしないで生きるのではない。やはり「大切なのは時間の深さであって、長さではない」のでしょう。どうせ不完全だから、何をやっても足りないから、もう何もしないのではなくて、今日、私にできる1歩を踏み出していきたいと願います。イエスさまは罪と死という闇の世界から私たちを解放して、新しい希望の世界を造ってくださいました。このイエスさまの愛を受け入れるとき、私たちの世界も新しく造り変えられていくのです。
(森 淳一)