神の知恵、神の力

1兄弟たちよ。わたしもまた、あなたがたの所に行ったとき、神のあかしを宣べ伝えるのに、すぐれた言葉や知恵を用いなかった。 2なぜなら、わたしはイエス・キリスト、しかも十字架につけられたキリスト以外のことは、あなたがたの間では何も知るまいと、決心したからである。 3わたしがあなたがたの所に行った時には、弱くかつ恐れ、ひどく不安であった。 4そして、わたしの言葉もわたしの宣教も、巧みな知恵の言葉によらないで、霊と力との証明によったのである。 5それは、あなたがたの信仰が人の知恵によらないで、神の力によるものとなるためであった。 6しかしわたしたちは、円熟している者の間では、知恵を語る。この知恵は、この世の者の知恵ではなく、この世の滅び行く支配者たちの知恵でもない。 7むしろ、わたしたちが語るのは、隠された奥義としての神の知恵である。それは神が、わたしたちの受ける栄光のために、世の始まらぬ先から、あらかじめ定めておかれたものである。 8この世の支配者たちのうちで、この知恵を知っていた者は、ひとりもいなかった。もし知っていたなら、栄光の主を十字架につけはしなかったであろう。 9しかし、聖書に書いてあるとおり、/「目がまだ見ず、耳がまだ聞かず、/人の心に思い浮びもしなかったことを、/神は、ご自分を愛する者たちのために備えられた」/のである。10 そして、それを神は、御霊によってわたしたちに啓示して下さったのである。御霊はすべてのものをきわめ、神の深みまでもきわめるのだからである。 10あなたがたもあかしし、神もあかしして下さるように、わたしたちはあなたがた信者の前で、信心深く、正しく、責められるところがないように、生活をしたのである。                       Tコリント2章1〜10節

今年も2月に入り、暦の上では春を迎えました。しかし、実際には1年でも最も寒い季節です。この時期、私たち日本の教会やクリスチャンにとりまして、とても大切な日があります。それは2月11日の世間一般には「建国記念の日」と呼ばれている日のことです。毎年、教会ではこの日を「信教の自由を守る日」と呼んで、全国で様々な集会が行われます。今年、名古屋では教団の名古屋教会をはじめ幾つかの会場で「信教の自由を守る日」の集会が開かれます。しかし、なぜ、このように2月11日を「信教の自由を守る日」と呼んで、教会は「建国記念の日」としないのか。よくご存知の方も多いと思いますが、はじめてという方もいらっしゃると思いますので、少しお話ししたいと思います。はじめこの2月11日は「紀元節」と呼ばれてきた日でした。「紀元節」は「日本書記」という書物に書かれていますが、神武天皇が日本の国をつくったと言われている日です。もちろん、これは神話です。しかし明治時代に入りまして、時の権力者たちはこの神話を巧みに利用しました。日本の国を天皇のもとに一つにまとめ、世界の列強に負けない強い国をつくるために戦争もしていくわけですが、そうした戦争をはじめ、人々を、お国のために協力させる手段として「紀元節」を使ったのです。以前参加した、ある「信教の自由を守る日」の集会では、「国のために死ぬこと」というテーマで元特攻隊員の方が講師として招かれ、お話しを聞きました。当時、お国のために特攻隊員となってアメリカの軍艦に体当たりしていくのは大変名誉な時代でした。命など惜しんでいたら「非国民」です。「天皇陛下万歳」と言って死ぬのが当たり前でした。

そうした天皇を「神」とする世の中にあって、キリスト教会は大変苦しく難しい立場に置かれました。一人ひとりの命と平和を愛する神さまを神さまと言うことができない。聖書の神さまを唯一の神さまと言うとき、多くのクリスチャンが逮捕され、牢獄に入れられました。つまり、「信教の自由」が侵されてきたのです。あるクリスチャンは憲兵に捕まり、キリスト教の神と天皇の神と、どちらを取るのかと聞かれ、キリストの神だと答えたところ、残酷な拷問を受け、中には信仰のゆえに殺された人もおりました。こうした日ですから、戦争に負けた後、この「紀元節」は無くなりました。しかし、1967年に「建国記念の日」として再び登場し、今に至っています。「日の丸・君が代」の問題や憲法9条を巡る問題をもあわせて考えるとき、再び信教の自由を侵す力が動き出していないだろうか。むかし歩いた戦争への道を、いま再び歩き出していないかと考えさせられるわけです。あの過ちを再び犯さないために、声を出せる時に声を出しておかなければ、「見張り人」としての、また「預言者的」な信仰者としての使命を果たし損ねるのではないかと思います。

今朝の箇所の少し前、コリント人への第一の手紙1章26節以下には次の言葉があります。「兄弟たちよ。あなたがたが召された時のことを考えてみるがよい。人間的には、知恵ある者が多くはなく、権力のある者も多くはなく、身分の高い者も多くはない。それだのに神は、知者をはずかしめるために、この世の愚かな者を選び、強い者をはずかしめるために、この世の弱い者を選び、有力な者を無力な者にするために、この世で身分の低い者や軽んじられている者、すなわち、無きに等しい者を、あえて選ばれたのである」。考えてみますと、「戦争」ということにおいて、「無きに等しい者」が「あえて選ばれる」ことなどあり得ません。戦争したり、国を強くし豊かにしたりするには、使える者は使い、そうでない者は切り捨てていく。社会福祉や生活保護の予算切り詰めの問題なども、根は同じことではないかと思います。使える者でも、使うだけ使って吸い尽くし、使えなくなれば意図も簡単に捨てていく。戦争とは、そうしたことの最たるものではないでしょうか。しかし聖書の神さまは、イエスさまは、そのように捨てられ、置いていかれるような人たちにこそ目を注ぎ、その人がその人としていきいきと生きていけることを望み、出会いを与え、語りかけ、働きかけてくださる神さまです。

今朝は、そうしたこの世の知恵や力とは違うところで働く、神まさの知恵や力について、聖書からご一緒に学びたいと思います。この手紙のあて先でありますコリントという町にパウロが入ったのは、『使徒行伝』によりますとアテネで伝道の難しさを経験した後でした。パウロは学問のできた大変優秀な人でありましたが、アテネでは哲学者と議論になり、事が十字架と復活に及びますと、みなパウロを馬鹿にして相手にしませんでした。そうした経験の後、パウロはコリントに来て思ったのかも知れません。コリント第一の手紙2章1〜2節「兄弟たちよ。わたしもまた、あなたがたのところに行ったとき、神のあかしを宣べ伝えるのに、すぐれた言葉や知恵を用いなかった。なぜなら、わたしはイエス・キリスト、しかも十字架につけられたキリスト以外のことは、あなたがたの間では何も知るまいと、決心したからである」。アテネでの経験が、パウロをしてそのような思いをさらに強めていったのかも知れません。「イエス・キリスト、しかも十字架につけられたキリスト以外のことは」何も知るまい。あの、イエスさまの十字架をこそ誇ろう。イエスさまはローマやユダヤといった、この世の力ある者たち、富める者たちから憎まれ、この世の富や力からは最も遠くにある、弱く、貧しく、惨めな十字架にかかって死んでいかれた。しかし、その十字架とそこに至るキリストの歩みにこそ、神の「よし」とされる復活の力が与えられたのです。この世において十字架は、否定的なものとして理解されていくかも知れない。この世の知恵や力が馬鹿にし、価値の無いものとして切り捨てていくかも知れない。けれども、あの十字架にあらわされたキリストの救いのみ業を、神の「よし」とされるキリストの十字架をこそ誇ろう。パウロはこの一点を見つめつつ、ただこれを伝えることに伝道者としての生涯をささげていきました。

さらに3節を見ますと、「わたしが、あなたがたの所に行った時には、弱くかつ恐れ、ひどく不安であった」とあります。パウロがアテネでの伝道の困難を経験した後で、コリントに来たとき、彼は心身ともにひどく疲れ切った状態であったのかも知れません。パウロには彼に与えられた働きを難しくするような何らかの持病のようなものがあったと言われていますし、また新しい場所で伝道をはじめていくとき、「恐れや不安」を感じていたことはコリントに限ったことではありませんでした。コリント人への第二の手紙7章には、マケドニヤ伝道の様子が報告されています、「マケドニヤに着いたとき、わたしたちの身に少しの休みもなく、さまざまな患難に会い、外には戦い、内には恐れがあった」(Uコリ7:5)。そのような状態の中で与えられた宣教の使命を担い続けていくことができたのは、やはり、パウロがそうした働きを、他でもない、まず神さまご自身が担ってくださっていると信じることができたからです。人間パウロの力が尽きていくとき、それでもなお道が開かれ、希望の光が与えられているというのなら、それはまさしく神ご自身の力に他なりません。人間の力や知恵、可能性が徹底的に砕かれたところにこそ、神さまは豊かに働かれることを、パウロは身をもって実感することができたのではないでしょうか。

私たちは誰でも、弱さを抱え、生きていくことに不安や恐れを感じることがあります。不安や恐れどころではない、人生の危機というべき時もあります。パウロも、そうした危機を何度となく経験したことでしょう。パウロはそうした時にこそ、神さまに寄り頼みました。人間の力には限りがある。人間の優れた言葉や知恵もそうです。人間は自分の力で生きているのではない。自分の力で立っているのではない。今、イエスさまの受難と十字架を心に留めるレントの時を迎えていますが、おのれの弱さを知り、その苦しみの只中にあって、パウロはキリストが負ってくださった十字架とは、自分にとって一体何であるのかを考え続けたのではないでしょうか。そして、その十字架が神のみ心である復活の勝利へとつながっていったのは、自分にとって一体何であったのかを思い巡らしていたのではないでしょうか。パウロはコリントにいるクリスチャンたちに対して、この世の知恵や力とは違うところで働く、神の知恵、神の力を語りました。私たちもあのイエスさまの十字架を思い、弱く苦しい時には、全き弱さの中にこそ働かれる、神の知恵、神の力に、まことの愛と慰めを、生きる希望を与えられていきたいと願います。そして反対に、この世の知恵や力が輝いて見る時には、また自分の力を誇りたくなるような時には、ただその力に流されてしまうのではなく、十字架のイエスさまをこそ見上げ、自分がまことに立つべき所はどこなのかを深く心に留めていきたいと願います。

                              (森 淳一)    

2008年2月10日(日)主日礼拝 宣教要旨

2008
2007
2006
2005
2004
2003
2002
2001
2000
1999
1998
1997
    

2008年

1月
2月
3月
4月
メニュー
ホーム