何かで道を急ぐということは誰にでもある。そして、その途中で予想もしなかったことが起るということも、世の中には沢山ある。ここに登場するサウロのことで言えば、彼はダマスコの近くで、イエス・キリストに出会ったということになる。CSでは今日、この箇所から「サウロの回心」というテーマで学ぶことになっているが、サウロというのは、伝道者パウロの回心する前の名前である。使徒行伝13:9に、「サウロ、またの名をパウロ」とあるが、前者はユダヤ名、後者はローマ名である。彼はキリキヤのタルソというところで生まれた生粋のユダヤ人、ヘブル人である。
父の代からローマの市民権を得ていた。それにタルソは、当時、文化の中心をなしていたギリシヤのアテネや、エジプトのアレキサンドリヤに匹敵する学問の都であった。小さい頃から申し分のない環境の中で育てられ、更にエルサレムでガマリエルという高学の師のもとで学んだ。この世的に言えば、血筋においても学問においても決して他の人にひけをとることはないと自負できる、数少ない人物の一人である!(ピリピ3章)
その彼が、イエスをキリスト、救主と告白する弟子たちの動きを封じようとしたのは、彼のユダヤ教に対する熱心の故であった。大祭司のところに行って、ダマスコの諸会堂あての添書を求めたのは、自分のやろうとしていることが、単に個人的な行動でないことを内外に示すためであった。「さてサウロは、なおも主の弟子たちに対する脅迫、殺害の息をはずませながら…」とある。
ピリピの人たちにあてた手紙の中に、自分のことを「熱心の点では教会の迫害者」(3:6)と記しているが、その熱心さは、エルサレムで迫害をうけて散らされていったキリスト者を、他国にまで追跡し(ちなみにエルサレムからダマスコまでは約210km)$引っ捕らえてくるという程であった。ところがダマスコの近くにきたとき、サウロは突然、天からの強い光に打たれて地に倒れたとある。突然目が見えなくなり、人の世話を受けなければならなくなったということは彼にとって非常に衝撃的なことであったことが想像出来る。
そのような時に、別のところては、ダマスコに住むアナニヤという弟子のところに主が現れて、「ユダの家にいるサウロというタルソ人を尋ねなさい。彼はいま祈っている。」と告げられる。それに対してアナニヤは、サウロがどんな人物で、何をした人かということを答えている。(13・14)しかし、その上で更に主の言葉が語られる「さあ、行きなさい!」(15)「そこでアナニヤは出かけて行ってその家にはいり」とある。
アナニヤ自身は、全く気が進まなかったと思うが、彼は自分の思いでなく、神のみ思いの中で動いた。彼がサウロを尋ね、手を上に置いて祈ったところ、サウロの目からうろこのようなものが落ちて、元どうり見えるようになった。只、目の前のものが見えるようになったというだけではなく、ユダヤの歴史や、イエス・キリストのことや自分のことなど、その全体が見えるようになったということである。しかも、彼の語る言葉は、伝統にしばられている当時のユダヤ人たちを言い伏せる程、しっかりしたものであった。
ただ、彼がガラテヤ人への手紙に記した言葉「異邦人の間に宣べ伝えさせるために、御子をわたしの内に啓示して下さった時、わたしは直ちに、血肉に相談もせず、また先輩の使徒たちに会うためにエルサレムにも上らず、アラビヤに出て行った。それから再びダマスコに帰った。」(1:16,17)からすると、19節の行間に「アラビヤに出て行った」時間的な開きが省略されていることになる。おそらく、彼は自分を整える期間を経てから、新しい宣教活動に入ったと思われる。
今日の箇所から思ったことは、人は自分を正しいとすることで、他の人を受け入れ難くなる。本当に何が正しくて、何が正しくないのかについて最早耳をかさなくなる、それ以上知ろうとしなくなる。しかし、私たちはそのことをどこで知らされるのか。
サウロの場合は、突然の天からの光で、打ち倒されるような感じで、そのような強さでイエス・キリストのことを知ったわけである。サウロのような体験は、私たちにはないと思うが、しかし、彼が後にコリントの教会の人たちに書き送っているように、『やみの中から光が照りいでよ』と仰せになった神は、キリストの顔に輝く神の栄光の知識を明らかにするために、わたしたちの心を照して下さったのである。#(Uコリント4:6)また「神は、わたしたちをやみの力から救い出して、その愛する御子の支配下に移して下さった。わたしたちは、この御子によってあがない、すなわち、罪のゆるしを受けているのである。」(コロサイ1:13、14)私たちは感謝をもって、このことをしっかりと心に留めるべきである。
サウロ(彼は伝道者となってからは、殆どパウロという名を用いている)のキリスト者としての歩みが、この後に記されている。彼が本当に勇気と力をもって人々に対し得たのは、決して彼の育ちとか知識の故ではなく、神から頂く信仰からの力であった。私たちはキリスト者である、神を信じていると言い乍ら、本当にどれだけ神からの力を基として生活しているか、あるいは喜んでいるか、ということは、常に自分に対する問いとして持っていたい。気がついてみると、自分を支えているのは、肉親の情であったり、周囲の人間関係であったりという場合が多い。そして、それだけでことは足りていくのでもある。私たちにとって大切なことは、神を知っている、というより、神に知られていることを知っているということである。
イザヤ書に「恐れるな、わたしたちはあなたをあがなった。わたしはあなたの名を呼んだ、あなたはわたしのものだ。」(43:1)というみ言葉がある。神の前に、名をもって呼ばれる、かけがえのない者とされているということ、そこに自分を置くということである。信仰に生きる人というのは、ある意味で自分から軽くされて、自分では想像も出来ない大きな力に立っていく人である。昔、恩師の河野博範先生が、晩年になって身体の自由がきかなくなった時、「死んだ体というのは重いねえ」と言われたことがある。肉の存在というのは、それ自体重いものである。
しかし、私たちが頂いているのはそのようなものではない。いのちを受けるということは、自分に、あるいは自分から軽くされて生きるということである。「道を急いで、ダマスコの近くにきたとき」という題を掲げたが、そこにあったのはサウロとイエス・キリストの出会いだった。
私たちそれぞれの人生に、どのような出会いが用意されているのか、それは誰にも分からない。只、サウロが変えられ、伝道者として、主の名を伝える器として整えられるために、アナニヤという助け手が備えられたように、主は私たちにもいろんなかたちで助け手を備えていて下さることを覚えたいと思う。そして、また、私たちもそうした一人一人になっていきたいと願う。