14日の教会創立50周年記念礼拝は、台風の予報の続く中であったが、不思議と天候に恵まれ、北海道・横浜・茨木など、遠くから集まって下さった方たちと共に、120余名の参加で守った。この教会が建って50年ということで、改めて、50年という時の流れと、教会がこの地に置かれてきた意味を思わされている。丁度、この7月から9月にかけての教会学校でのテキストが使徒行伝になっていて、今日はこの地上に始めてキリスト教会が誕生した時のことを学ぶ事になっている。
キリスト教というのは、勿論後からつけられたもので、最初は「この道」「主の道」「神の道」と称され、そこに集まる人たちのことを、人は「この道の者」(使徒行伝9:2)と呼んでいた。日本語の「教会」という呼び名は、今から130年ほど前、明治の始めにつくられた言葉で、現に他の宗教でも使われている。教える会と書くから、教会というと、キリスト教について教えるところ、教えられるところと受けとられる向きもあるが、"教会と訳されたもとの言葉はエクレシア(ギリシヤ語)である。エック(〜から)とカレオー(呼ぶ)が一つになった言葉で、呼び集められた人たちの集まりを意味する。
イエス・キリストの御名で呼び集められた人たちの「集り」のことであって、何かを教えたり、習ったり、覚えたりするところではない。何よりも、私たちそれぞれを活かし、立たしめ、召しておられる方の力と意志が働いているところである。礼拝に与かり、み言葉に養われ交わりを共にしながら、それぞれに課題を頂き、やがて臨む「主の日」に向かって、自らを整える場であると言ってもよい。
先程読んで頂いたところは、主イエスが十字架にかけられ、亡くなられてから2ケ月近くたった頃の出来事である。「イエスこそキリストである。長い歴史の中で預言され、待ち望まれてきた救い主である」と語り続けるペテロたちに、祭司たち、宮守がしら、サドカイ人たちが気をいら立て、彼らを捕え、留置所に入れたというところから4章は始まっている。
イエスを十字架にかけたことで全ては終わった。心配の種はなくなった。最早イエスの姿を見ることもなく、群衆がイエスの回りに集まったり、後についていく光景を見ることもなくなった。エルサレムは安泰を取り戻した、と考えていた彼ら、町の権力者たちにとって、ペテロはじめ、弟子たちの出現は、全く思いがけないこと、厄介なことであった。神殿の境内で、大勢の人たちを前にして、「2ケ月前十字架にかけられて死んだはずのイエスは生きている。神がイエスを死人の中から甦えらせたのだ」と語り、しかも、そのイエスの名によって一人の男がいやされ、そのことで大勢の人たちが集まっているのを見聞きして彼らはほっておくことができなかった。ペテロとヨハネは捕らえられ、その翌日議会が開かれて、取り調べを受けることになった。その様子が7節からのところに記されている。
最初はイエス自身に起こった死人の復活を宣伝しているということで捕らえたのに、翌日の議会での尋問は、「あなたがたは、いったい、なんの権威(原語はデュナミス・力・能力)、また、だれの名によって、このことをしたのか」ということになっている。「このこと」というのは、3章のはじめに記されている、生まれつき足のきかない男の身に起ったいやしのことである。この箇所はクリスマスの劇と並んでよく取り扱われるところである。
神殿の「美しの門」の傍(かたわ)らに毎日置かれて、物乞いをしていたこの人に、ペテロが、「金銀はわたしには無い。しかし、わたしにあるものを上げよう。ナザレ人イエス・キリストの名によって歩きなさい」と言って、男の右手を取り、起こしてやると、彼の足とくるぶしとが立ちどころに強くなって…というところは、いつ読んでも胸がおどる。と同時に今の私たちが、どれ程この言葉に立っているか、考えてみる必要がある。講師の松見先生が、礼拝の中で「今は情報化社会でいろんな情報があふれている。その中で、もっとも大切なのはイエス・キリストの言葉だ。
無くてならないものはそう多くない。イエス・キリストの言葉こそが、人が人であること、人のいのちは持物によらないことを指している」と語られたことを思い出す。ペテロやヨハネたちは、この世的には(人々から見て)「無学な、ただの人」(13)であったが、イエス・キリストの言葉−わたしは道であり、真理であり、命である。(ヨハネ14:6)−をしっかりと受けていた。また、イエス・キリストからの聖霊が、彼らの内に満ち満ちていた。ペテロは、「なんの権威、また、だれの名によって」という議会の問いに対して、「…この人が元気になってみんなの前に立っているのは、…イエス・キリストの御名によるのである。…
この人による以外に救はない。わたしたちを救いうる名は、これを別にしては、天下のだれにも与えられていないからである。」と言い切った。彼がそう言い得たのは、すべての人が救われて、真理を悟るに至ることを、神がもっとも望んでおられることを知っていたからである。私に(頂いて)あるもの−イエス・キリストの御名−こそが、神の前に、この私を立たしめる力であり、また、私の大切な人を立たしめる力である。
この後を見ると、議会は二人を罰することも出来ず、そうかと言って、そのままにしておくことも出来ないということから、今後はイエスの名によって、語ることも説くこともいっさい相成らぬ、と言い渡すが、二人は、それを押し返すように、「神に聞き従うよりも、あなたがたに聞き従う方が、神の前に正しいかどうか、判断してもらいたい。わたしたちとしては、自分の見たこと聞いたことを、語らないわけにはいかない」(20)と答えたのである。彼らが、恐れず、臆せず、このように語ることが出来たのは、それだけ、イエスの事実に近く身を置いていたということである。
私たちも、イエス・キリストの事実の近くにいると言える。そして、イエス御自身が私たちの近くにいて下さるということを思う。只、私たちが、日々のこととして、そのことを本当に知っているか、求めているか、ということを改めて考えさせられる。何故なら、いつもそこに、そのことに心を置いていないと、他のものが簡単に、私たちの心を占めてしまうことを思うからである。
しかし、「この人による以外に救はない。わたしたちを救いうる名は、これを別にしては、天下のだれにも与えられていないからである」(12)という事実を、私たちは世々に語り続けていかなければならない。多くの人々は、今なおイエス・キリストが、私たち一人一人の罪の贖いとして十字架にかかられたことを、キリスト教の教理、教えとしてしか受けとめることが出来ないでいる。それは、聖書が語るそのことと、今の自分との間に、2,000年以上の間隔があるということであろう。
天体の一つの光が、この地球に到着するのに一番近くにある星で、4.3光年。1光年というのは、光が一年間に進む距離−9兆4670億キロ−を示す単位であるが、それ程の、気の遠くなるような距離を有しながら、光は一瞬の如く、地球に達している。
そのようにイエス・キリストの事実は、瞬時に人の心に達することが出来る。否、既に達していると、聖書は証言するのである。私たちに求められているのは、臆することなく、その事実を伝え、また、その事実の中に生きることである。